俳優阿部サダヲさん主演のドラマ「不適切にもほどがある!」に、松村雄基さんがゲスト出演すると話題です。
松村雄基さんは1980年代に大流行した大映テレビドラマの『不良少女とよばれて』や『スクール☆ウォーズ』で人気を博した俳優です。
今回は、松村雄基さんの家族や生い立ち・経歴について調査します!
松村雄基wikiプロフィール
初めに、松村雄基さんのwikiプロフィールをご紹介します。
- 名前:松村雄基(まつむらゆうき)
- 本名:松村 憲幸(まつむら のりゆき)
- 生年月日:1963年11月7日
- 年齢:60歳
- 出身地:東京都文京区
- 職業:俳優、歌手、書家
- 身長:178㎝
- 学歴:東京都立板橋高校
- 事務所:オールスターズ・カンパニー(代表取締役)
- 代表作:『不良少女とよばれて』『スクール☆ウォーズ』『乳姉妹』『ポニーテールはふり向かない』『信濃のコロンボ事件ファイル』(中村梅雀版)
松村雄基の両親は?育ての親は祖母
両親
松村雄基さんの両親についてですが、
公表されていません。
ですが、松村雄基さんはかなり濃いめのイケメンなので、ご両親もイケメン・美女だったでしょうね!
家庭の事情で、子供の頃から祖母と2人暮らしだったそうです。
家庭の事情で子供の頃から祖母と2人暮らしだった松村さん。
https://post.tv-asahi.co.jp/post-54353/
祖母
松村雄基さんの祖母についてですが、
母親代わりの育ての親
祖母は士族の生まれで、礼儀や敬語に関しては厳しく躾けられたようです。
祖母は礼儀に関して厳しかったので。敬語にも厳しかったですし、箸の持ち方から食事は正座で口を聞かずにご飯を食べるんです。テレビも付けずにじっとしてお通夜みたいに。
https://post.tv-asahi.co.jp/post-54353/
また、自宅では詩吟の先生をしていて、母親代わりに厳しく育ててくれたそうです。
家庭の事情で、生まれたときから祖母と二人暮らし。自宅に生徒を集めて詩吟を教えるなど、しっかり者でかくしゃくとしていて、母親代わりに孫の私を厳しく育ててくれました。
https://dot.asahi.com/articles/-/105751?page=1
小学校でいじめられて帰ってくると、いじめた子のうちに怒鳴り込みに行くような肝っ玉ばあちゃんだったそうです。
僕が小学校でいじめられて帰ってくると、「うちの憲幸を!」っていじめた子のうちに怒鳴り込みに行っていましたからね。僕の本名は憲幸というんですけど、「あんたとこの息子がいじめたのよ」と言って。それでまた翌日、いじめられる悪循環なんですけどね(笑)。でもそういう肝っ玉な祖母でした。
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/792/
芸能界デビューの、背中を押してくれたのも祖母だったとのこと。
ですが、俳優デビューした翌年18歳の時に脳梗塞で倒れ、後遺症で体の自由がきかなくなり介護が必要な状態になりました。
自宅に生徒を集めて詩吟を教え、母親代わりに松村さんを育てた祖母だったが、松村さんが俳優デビューした翌年18歳の時に脳梗塞で倒れ、その後遺症で体の自由がきかなくなったという。
https://post.tv-asahi.co.jp/post-54353/
祖母は、松村雄基さんと叔父叔母の在宅介護で10年暮らし、認知症が進んだことをきっかけに施設へ入所。
2000年に87歳で亡くなりました。
松村雄基さんは、「介護は大変だったけれど、おばあちゃんの孫としてゆっくり向き合えた時間は、私にとってはかけがえのない宝物です。」と語っています。
まだ一緒に暮らしていたころ、夜中に二人で話していると、祖母がときどきはっきりすることがあって、「あんなことがあったね」「楽しかったね」と思い出話ができた。介護は大変だったけれど、おばあちゃんの孫としてゆっくり向き合えた時間は、私にとってはかけがえのない宝物です。
https://dot.asahi.com/articles/-/105751?page=1
素晴らしいですね。幸せな人生だったでしょうね。
松村雄基・ヤングケアラーだった生い立ちや経歴を調査!
松村雄基さんの、生い立ちや経歴をご紹介します。
子供時代
小学生の頃までは運動音痴で、おとなしくて人見知り。
芸能界に入る前の中学生の頃の将来の夢は、「中国語の通訳や外交官になること」だったそうです。
中学2~3年の頃は生徒会長を務めていました。
ワルどころか、中2~3年は生徒会長を務めてはいましたけどおとなしくて人見知りで、「スクール☆ウォーズ」で不良役やったときは、同級生がみんなビックリしていました。
https://encount.press/archives/9991/2/
生徒会長をしている姿を見て、中学の同級生の母親が芸能事務所社長を紹介。
中学3年から高校1年の2年間「劇団俳小」のタレント育成コースで演技の基礎を学びました。
17歳でデビュー
1980年高校在学中の17歳の時に、テレビドラマ『生徒諸君!』の沖田成利役でデビュー。
その翌年、育ての親である同居している祖母が脳梗塞で倒れ、介護が必要な状態に。介護と仕事の二十生活が始まりました。
当時は大映ドラマ全盛期で、超多忙だったそうです。
ですが、始発電車で撮影所に入り、仕事中は近所に暮らす叔母一家が介護、終電で戻って交代するという介護と仕事を往復する日々だったそうです。大人気俳優でしたが、風呂なしアパートのため、銭湯までおんぶして通ったそうです。
そんな祖母が脳梗塞で倒れたのが18歳のとき。デビュー翌年で、後遺症で体の自由がきかなくなりました。家ではトイレの介助をし、アパート暮らしで風呂がなかったので、銭湯までおんぶしていきました。まさに大映ドラマ全盛期で、スケジュールは連日ぎっしり。始発電車で撮影所に入り、仕事中は近所に暮らす叔母一家が介護し、私が終電で戻って交代する……。まさに介護と仕事を往復する日々でした。
https://dot.asahi.com/articles/-/105751?page=1
ヤングケアラーだったようですね。
1981年にはレコードデビューもしており、ライブ活動もしています。
1980年代には大映ドラマの常連男優として活躍、レギュラー出演が続きました。
80年代は大映ドラマ
大映ドラマをまとめました。
1984年『不良少女とよばれて』
1984年『スクール☆ウォーズ』
国民的ブームになりましたね。今ではコンプラで放送できないかも。。。
1985年『乳姉妹』
1985年『ポニーテールはふり向かない』
「#ポニーテールはふり向かない 」
(1985) 第14話 悪魔が棲むライブ #伊藤かずえ さん主演のドラマ。晃(#松村雄基)の妹 絵美子(#高橋かおり)に白血病の疑いが発覚。大映ドラマには様々な不幸な場面がありますが、さすがに子供の病気は辛すぎる😭 妹思いの晃の気持ちを考えると心が痛くて涙が出ます。 pic.twitter.com/43Q2xVu0kQ— toybox (@anitokuj9) November 21, 2018
坂上忍さんファミリーの野々村真さん、片平なぎささんも出演されています!
このドラマハマりました。。。
1986年『花嫁衣裳は誰が着る』
1987年『アリエスの乙女たち』
たくさんの作品に出演されていますね!
ですが、祖母の介護と両立しながらこの撮影に臨んでいたとは!頭が下がります。
90年代は舞台や書道
1993年頃からは舞台などで活躍。
さらには「書家」としても活躍。30歳の時に書家・大溪洗耳の著書がきっかけで、書道を習うことになったそうです。
五月女玉環氏に弟子入りし、第17回東京書作展(東京新聞社主催)にて内閣総理大臣賞受賞しました。
才能あふれる方ですね!
現在
現在はシェイクスピアからコメディ、ミュージカルなど舞台中心に活躍。
2019年のラグビーワールドカップではメディア露出が増えました。
3年前からはシャンソンを歌い始め、年に数回東京や大阪でライブをしているそうです。
2、3年前からはシャンソンを歌い始めました。ソワレさんというシャンソン歌手に出会って勧められたのがきっかけ。シャンソンの歌詞って年齢を重ねたからこそ胸に刺さるんですよね。年に数回、東京や大阪でライブをやらせていただいていて、前半の小一時間で1人芝居、そのあとの30~40分で、昔の歌からシャンソンまでいろいろ歌っています。
https://encount.press/archives/9991/
また、体力維持のため朝4時頃に起き、5時から6時半まで走りお酒は仲間と飲む時くらいで、たばこは30歳で辞めたそうです。
具体的には健康、体力をキープしようと、舞台を始めた頃から時間のあるとき、公演期間中はほぼ毎日、朝4時頃に起き、5時から6時半まで走っています。家の近所の公園や、舞台で京都に行ったときは鴨川の川べりを走りながら舞台のセリフをそらんじたり、歌を歌ったり。そうすると、頭がスッキリしてリフレッシュするんですよ!タバコは舞台を始めた30歳頃にやめました。
https://encount.press/archives/9991/2/
ストイックな生活!還暦を過ぎた年齢にはとても見えないのは、努力あってこそなんですね♪
また、2024年2月にはドラマ「不適切にもほどがある!」にゲスト出演。
結婚については、ご縁はまだだそうですよ。
結婚はしていません。まったくご縁がなくて。(中略)ボクは仕事も結婚もご縁だと思うんです。で、結婚は……ドライな言い方ですけど、ご縁のなかのひとつの事象、形態だと思います。
https://encount.press/archives/9991/2/
お読みいただきありがとうございました。
今後の益々のご活躍をお祈りいたします。
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