南部虎弾の嫁は18歳年下で腎臓移植ドナー!馴れ初めも調査!

過激パフォーマンスグループ・電撃ネットワークのリーダー・南部虎弾さんが脳卒中のため、2024年1月20日に死去したことが報じられました。

南部虎弾さんは、2017年ころから入院や手術をしてきた経緯があるそうです。

今回は、南部虎弾さんの嫁について調査します!

スポンサーリンク
目次

南部虎弾wikiプロフィール

初めに南部虎弾さんの、wikiプロフィールをご紹介します。

  • 名前:南部虎弾(なんぶとらた)
  • 本名:佐藤道彦(さとうみちひこ)
  • 生年月日:1951年7月14日
  • 年齢:72歳
  • 出身地:山形県鶴岡市
  • 身長:168㎝
  • 学歴:高崎経済大学中退
  • 所属事務所:オフィス電撃ネットワーク
  • 芸名の名付け親:市原悦子

高崎経済大学4年生の時に、就活を放り出しフランスに22歳で渡仏。フランスに行った理由は、誕生日が「パリ祭」の日だったので、パリに行くのが夢だったから。

到着するまでが大変でした。経由したモスクワでは無賃乗車をしたので地下の防空壕を逃げてポーランドに出てパリに着いたとのこと。なんとか夢は実現しましたが、目的はないものだったそうです。

ですが、現地でボランティア活動を懸命に取り組みました。知的障害者を支援したり、いらなくなった服を回収・洗濯して、必要な人に無料で届ける日々を3ヶ月続けたそうです。

山中の小学校ではボランティア団体関係者に誘われ、ブドウ収穫のバイトなども。

そんな中、ボランティアのバッジをつけていると映画、舞台、イベントなどがタダになるという特典をみつけます。フル活用して片っ端から芸術鑑賞するうちに、エンタテインメントの世界に関心を寄せるようになりました。

「誰かの役に立てるのが、ただただうれしかった」として永住も考えましたが、職業がないと永住できないため半年後に帰国しました。その後は、エンターテインメントの世界に入ります。

経歴

  • 帰国後:ロシア音楽舞踊団に入ったが、看板女優2人と関係を持ったのがバレてクビ
  • 黒澤明監督の映画「影武者」に出演:オーディションで「黒澤監督のためなら命もいりません」と宣言したのが気に入られて合格
  • 劇団に加入:「コント赤信号」渡辺正行、ラサール石井、「ダチョウ倶楽部」上島竜兵、寺門ジモンらがいた
  • 渋谷のストリップ「道頓堀劇場」にピン芸人として出演
  • ダチョウ倶楽部の前身であるキムチ倶楽部結成:渡辺正行から声をかけられ、上島、寺門、肥後克広のリーダーとして活躍。
  • 1985年ダチョウ倶楽部へ改名。「ひょうきん予備校」ではダウンタウンやタモリなどと活躍
  • 1987年:ダチョウ倶楽部脱退。きちんとした芸でやっていきたい3人との方向性の違いだった
  • 1990年:ギュウゾウ、ダンナ小柳、三五十五と電撃ネットワークを結成。体を張った芸にシフト
  • 1992年:「トーキョー・ショック・ボーイズ」として海外進出し大反響となる
  • プロレス・格闘技イベントのプロデューサーとしても活躍

元ダチョウ倶楽部のリーダーだったんですね!

電撃ネットワークでは、缶ビールを額にくっつけてグラスに注ぐ芸から過激さは増し、ロケット花火を口にくわえて点火、布団袋に入って消火器を噴射、睾丸にヒモをくくりつけてコンクリートブロックを持ち上げるなどの他、ドライアイスやサソリ、ピラニア、ミミズも食べてきたそうです。

すっすごい!

スポンサーリンク

南部虎弾の嫁は18歳年下で腎臓移植ドナー!馴れ初めも調査!

https://www.teichiku.co.jp/artist/dengeki/

南部虎弾さんは、電撃ネットワークがデビューした1990年に結婚しています。

南部虎弾さんの嫁についてですが、

由紀さん。18歳年下の一般の方

https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ6G/blog/bl/pkEldmVQ6R/bp/p9qXdO5LnD/

南部虎弾さんが36歳、由紀さんが19歳で付き合いはじめたそうです。

僕が36歳、由紀が19歳のときから付き合いはじめて、1990年に結婚しました

https://forbesjapan.com/articles/detail/30555/page3

新婚時代は、電撃ネットワークを結成したばかりで月の稼ぎは雀の涙だったそうです。由紀さんは下田に暮らし、別々に暮らす日々が続いたとのこと。

懸命に働き一緒に住めるようになりましたが、新居は風呂なしの鍵がかからない6畳一間だったと言います。

由紀さんは、代々木駅前の中古カメラ屋で看板娘としてよく働いて、支えてくれたそうです。

ですが、1992年にデーブ・スペクター氏からの提案でアメリカ進出を果たし、由紀さんを日本に残し世界中を飛び回るようになりました。「トーキョー・ショック・ボーイズ」として海外で大反響となりました。

馴れ初め

お二人の馴れ初めについてですが、

由紀さんが高校生の時に、南部虎弾がダチョウ倶楽部のメンバーとして活動していたライブを観たのがきっかけ

https://forbesjapan.com/articles/detail/30555/page3

2人が出会ったのは、ダチョウ倶楽部で奮闘していた時代で、まだ静岡県下田の高校生だった由紀さんが、友人に連れられてライブを観に来たのがきっかけ。年齢差、18歳。純朴な由紀さんがとにかくかわいくて、自然と恋心を抱いたという。

https://forbesjapan.com/articles/detail/30555/page3

年の差夫婦のはしりかもしれませんね!

スポンサーリンク

腎臓移植のドナーは嫁

https://forbesjapan.com/articles/detail/30555/page3

南部虎弾さんは、糖尿病を患っていました。

2014年に糖尿病が悪化し、左足の甲の一部が壊死し治療を開始。

2017年には、自宅で倒れて緊急入院。心不全等で心臓血管をバイパス手術。

2019年には、腎臓機能低下で腎臓移植をしています。そのドナーは由紀さんでした。

不摂生がたたり、8年前に糖尿病が悪化し、左足の甲の一部が壊死し治療を開始。2017年には自宅で倒れて緊急入院、検査で急性冠症候群による心不全も判明して心臓血管をバイパス手術。さらに19年には腎臓機能が低下し、人工透析か移植を迫られ、妻・由紀さん(52)がドナーとなり、生体腎臓移植を受けた。

https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/164888

一ヶ月半に及んだ入院生活を経て、ステージでは以前と変わらないパフォーマンスが出来るまでに回復しました。

いくら仲の良い夫婦でも、腎臓移植となると躊躇しますよね。

ですが南部さんは、これまでの夫婦関係の長い蓄積があったから、お互いにすぐに決断することができ、気持ちが揺らがなかったのではと語っています。

2022年には、病気で先がないと思った時から覚悟はできていると話し、「移植した腎臓がいつまで持つかわからないけど、長く生きた分だけ幸せ。なるようになる」と報じています。

今後については「とにかく楽しいことをやっていく。病気で先がないと思った時、覚悟はできている。移植した腎臓がいつまで持つかわからないけど、長く生きた分だけ幸せ。なるようになる」。

https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/164888

これまでの夫婦関係の長い蓄積が、今の幸せを運んでくれたようですね。「なるようになる」という前向きな言葉も印象的でした。

スポンサーリンク

子供

お二人の子供についてですが、

いないようです

子はかすがいと申しますが、かすがいの役目がいらないほど、仲の良いご夫婦だったのではないでしょうか。

「僕らに子供はいません。だからかな、ケンカもなく穏やかな関係」

https://forbesjapan.com/articles/detail/30555/page3

お読みいただきありがとうございました。

南部虎弾さんのご冥福をお祈りいたします。

スポンサーリンク
//
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次